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名古屋高等裁判所 平成7年(行ケ)3号 判決 1995年12月27日

原告

犬飼敏之

外三五名

原告訴訟代理人弁護士

竹内浩史

杉浦龍至

福島啓氏

鈴木良明

平井宏和

西野昭雄

新海聡

井口浩治

佐久間信司

杉浦英樹

滝田誠一

山田秀樹

ただし、右のうち原告本人でもある、竹内浩史・杉浦龍至・福島啓氏・鈴木良明・平井宏和・西野昭雄の六名は、それぞれ他の原告との関係での代理人である。

被告

愛知県選挙管理委員会

右代表者委員長

児島貢

被告訴訟代理人弁護士

齋藤勉

被告指定代理人

奥村洋

外三名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  平成七年四月九日に行われた名古屋市議会議員一般選挙(以下「本件選挙」という。)の効力に関する原告らの審査申立てについて被告が同年八月一〇日にした棄却裁決のうち、別紙選挙区目録記載の選挙区に関する部分を取り消す。

2  本件選挙のうち別紙選挙区目録記載の各選挙区に関する部分を無効とする。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

1 原告らの訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案の答弁)

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

原告らは、平成七年四月九日に行われた本件選挙において別紙原告目録に付記したとおりの選挙区の選挙人である。

2  本件選挙に対する原告らの異議申出及び審査申立て

(一) 原告らは、公職選挙法(以下「公選法」という。)に違反する現行定数配分規定の下で行われた本件選挙は無効であることを理由として、公選法二〇二条一項に基づき、名古屋市選挙管理委員会に対し、本件選挙の効力に関する異議の申出をしたところ、同委員会は、平成七年五月一七日、現行定数配分規定が「現時点で推定される各選挙区の選挙人の数に照らすと不自然・不合理な状態にあると考えざるを得ないので、名古屋市議会において議員定数配分に関する所与の裁量権を適正に行使し、公選法一五条八項本文の趣旨に沿った是正を速やかに行うよう期待することを特に付記する」としながらも、異議申出を却下するとの決定をした。

(二) 原告らは、公選法二〇二条二項に基づいて、同年六月七日、被告に対し、右決定の取消しを求めて審査の申立てをしたところ、被告は、同年八月一〇日、これを棄却するとの裁決をした。

3  本件選挙の無効

(一) 憲法及び公選法上の原則

日本国憲法は、選挙権の実質的内容、すなわち投票価値の平等を強く要求している。

公選法一五条八項本文も、地方議会の議員定数につき、各選挙区の「人口に比例して、条例で定めなければならない」と人口比例の準則を明文で定めている。特に、市議会議員選挙においては、国政選挙や都道府県議会議員選挙におけるような過密・過疎地区の問題があるわけではないから、より厳格な平等性が求められるべきであり、定数配分は右人口比例の準則をできる限り正確に取り入れた形で定められることが適正である。

(二) 現行定数配分規定

本件選挙は「名古屋市議会の議員の定数及び各選挙区において選挙すべき議員の数に関する条例」(昭和四二年名古屋市条例第四号。以下、平成二年の改正前のものを「定数条例」といい、右改正後のものを「現行条例」という。)に基づく現行定数配分規定の下で行われたが、各選挙区の現行定数は、別表二の「現行定数」欄に記載のとおりである。

(三) 現行定数の違法性

平成二年国勢調査人口に基づいて公選法一五条八項本文に則り算出すると、各選挙区の定数は、別表二の「人口比定数」欄記載のとおりでなければならなかった。右人口比定数によれば、議員一人当たりの人口の較差(以下「投票価値の較差」又は「較差」ともいう。)は最大で1.43倍となり、人口の多い選挙区の方が人口の少ない選挙区よりも定数が少ないという逆転現象(以下「逆転現象」という。)は生じない。

ところが、現行定数配分規定によれば、投票価値の較差は最大で1.73倍となり、別表三のとおり、逆転現象は一四通り生じており、うち定数二人の差のある逆転現象(以下「顕著な逆転現象」という。)も四通りある。これは、本件選挙当時、全国の政令指定都市の中で最多である。また、別表二のとおり、一六選挙区中一〇選挙区において人口比定数と現行定数が一致せず、現行定数が人口比定数より二人不足する選挙区が二選挙区存在する。

さらに、平成七年四月の本件選挙の時点では、平成二年一〇月の国勢調査時から四年半の経過により、別表四のとおり各区の人口は大きく変動していた。このように国勢調査人口と最新の人口とが異なる結果になることが明らかな場合には、最新の人口資料も参照して議員定数配分を検討すべきである。現に、平成二年一二月の本件条例改正時には、平成二年一〇月の国勢調査人口が告示される前であったが、五年前の昭和六〇年一〇月の国勢調査人口によることなく、平成二年九月一日現在の住民基本台帳の人口を参照して検討されたのである。

そして、本件選挙の告示直前の平成七年三月一日現在の人口によれば、投票価値の較差は最大で1.82倍、逆転現象は二〇通り、うち顕著な逆転現象は九通りに及んでいた。

右のような投票価値の較差、逆転現象及び人口比定数と現定数のかい離を生じている現行定数配分規定は、公選法一五条八項に違反するものである。

(四) ところが、名古屋市議会は、平成二年国勢調査人口が明らかになった後も合理的期間内に現行定数配分規定を改正しないまま、本件選挙に至ったものであるから、本件選挙は違法であり、無効である。

4  よって、各原告は、被告に対し、公選法二〇三条の規定に基づき、それぞれ本件選挙において選挙人であった別紙原告目録に付記した各選挙区について、本件棄却裁決の取消しを求めるとともに、各選挙区における本件選挙を無効とする旨の判決を求める。

二  被告の本案前の主張

公選法二〇三条が、地方公共団体の議会の議員の選挙の効力に関する訴訟は同法二〇二条による都道府県の選挙管理委員会の決定又は裁決に対してのみその選挙管理委員会を被告として提起すべきものと定めていること、右訴訟は公選法その他の選挙法規の規定に違反して施行された選挙の効力を失わせ、改めて適法な再選挙を行わせることを目的とするものであり、同一の選挙法規に基づく適法な再選挙が可能であることを前提としていると解されることなどを考えると、公選法二〇三条に基づく訴えは、選挙の管理執行上の瑕疵によりその効力を失わせるべき場合を念頭において制定されたものであり、当該選挙の基礎となった条例の違憲又は違法を理由として選挙の効力を失わせることまでは予定していないものである。

したがって、本件訴訟は行政事件訴訟法五条の「選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提訴する」民衆訴訟であり、民衆訴訟は法律に定める場合において法律に定める者に限り提起することができるところ、法律に定める場合ではないので、本件訴訟は不適法な訴えとして却下されるべきである。

三  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3のうち、(二)の事実は認める。

(三)の事実のうち、平成二年国勢調査人口に基づいて公選法一五条八項本文に則り算出すると、各選挙区の定数が別表二の「人口比定数」欄記載のとおりとなり、現行定数配分規定によれば、投票価値の較差は最大で1.73倍となり、逆転現象が一四通り、うち顕著な逆転現象が四通りあること、平成七年三月一日現在の人口によれば、投票価値の較差は最大で1.82倍、逆転現象は二〇通り、うち顕著な逆転現象が九通りに及んでいたことはいずれも認める。

四  被告の主張

1  憲法及び公選法上の原則

日本国憲法において、選挙権の平等とは、実質的な投票価値の平等をも含むものであると解されるが、それは、一票の価値の完全な平等までも要求しているものではない。

そして、公選法一五条八項は、地方公共団体における各選挙区への議員定数の配分は人口比例によることを原則としつつ、そのただし書において、「特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができる。」として、原則を緩和することを認めている。

2  指定都市議会議員の定数に関する法律の規定及び名古屋市議会議員の定数

憲法九二条によれば、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は地方自治の本旨に基づき法律で定めることとされ、これを受けて、市町村議会の議員の定数については、地方自治法で議員定数及びその算定方法並びに定限等が定められ(同法九一条)、公選法で選挙区及び各選挙区への配分方法が定められている。

名古屋市議会議員の定数は、本件選挙当時において直近の国勢調査人口(平成二年一〇月一日現在)に基づいて算定すると八八人となるが、行財政改革等の趣旨を踏まえ、現行の定数条例は、制定以来地方自治法九一条二項を適用して議員定数を上限より減じており、平成二年の改正後は七八人となっている。

3  議員定数配分に関して地方公共団体の議会が有する裁量権及び公選法一五条八項ただし書の趣旨

(一) 憲法は、一五条、九二条及び九三条で、地方公共団体の組織及び運営に関する事項を地方自治の本旨に基づき法律で定めることとし、その議事機関たる議会の議員の選挙制度についても、当該地方公共団体の構成員たる住民が直接選挙によって議員を選出すると定める以外に特段の制約事項を定めていない。このような憲法の規定のあり方は、地方自治が民主主義の実現のため不可欠なものであると同時に、本来、地方公共団体は、その構成員たる住民の自由で闊達な自治意識によって運営されるべきものであるとして、そのためには法の制約は最小限にとどめて、住民により、具体的にはその代表者である長並びに議会の意思決定によって地方公共団体が自主的に運営されるべきであるとの崇高な自治の理念を示しているものである。

したがって、憲法は、このような理念の下に、実質的な投票価値の平等の法律等による合理的実現を要求しているといわなければならないのであり、地方公共団体の議会の議員の選挙制度に関し、人口比例の原則を絶対とせず、人口比例によりつつもある程度これを緩和する地域代表的性格を加味する選挙制度の採用をも許容しているといわなければならない。

要するに、人口比例の要素は、尊重されねばならないが、各種議員制度に応じた公正、かつ、効果的代表制度の確立こそ、憲法上の普遍的原理といわなければならない。

(二) 昭和四四年の改正によって設けられた公選法一五条八項ただし書の趣旨は、近年著しい人口変動の結果、地域人口と当該地域の行政需要が必ずしも対応しない状況が顕在化してきたことに伴い、定数配分を人口に比例して機械的に行うのではなく、地域の特殊性に応じた均衡ある地域代表を議会の裁量により確保しようとするものである。

なお、現行法制度においては、議員定数及び各選挙区別定数は条例で定めることとされており(地方自治法九一条二項、公選法一五条八項)、第三者的機関をおいてではなく、議会自体により自律的に決定することとされている。しかも、議会が様々な地域あるいは政策を代表する議員による合議体であることから、総定数を減ずることや一部の選挙区の定数を変更することは、現実には容易なことではない。そのような意味からも、議員定数に関する法制度は議会の相当程度の裁量権を制度的に内在していると考えられる。

(三) したがって、定数条例は、当該地方公共団体の議会が十分に住民の意思を反映し、統合・調整して自治体の意思形成をした所産であるから、その条例に基づく議員定数配分における選挙人の投票の有する価値の不平等が地域間の均衡を図るため通常考慮しうる諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有すると考えられない程度に達しているときは格別、それ以外は立法政策すなわち議会の裁量の問題である。

4  議員一人当たりの人口の較差

(一) 公選法における各選挙区への議員定数の配分については、一五条八項本文で人口比例によることを原則とし、ただし書において特別の事情が存することを理由にその原則を緩和できることを規定しているものの、各選挙区間における議員一人当たりの人口の較差について、具体的な許容限度を数値で示す規定はない。

しかし、公選法の規定から同法が許容する限度を数値で推し量ることができる。

(二) 各選挙区への議員定数配分の方法は、選挙区の人口を当該地方公共団体における議員一人当たりの人口で除して得た数(以下「配当基数」という。)に基づいて配分するのを原則とするが、都道府県議会においては当該数値が0.5以上一未満の都市については独立の選挙区として置くことが原則であり、例外的に任意合区規定を適用して合区を行わない限り、議員定数は最低一人は配分されることになる。一方、配当基数の端数が大きい順に切り上げられて定数が配分されるため、配当基数が1.5以上であっても総定数との関係で定数が一しか配分されないことがある。

その結果、配当基数が0.5で定数一を配分される選挙区と配当基数が1.5を超えても一しか配分されない選挙区が生ずることになり、これらの選挙区間では議員一人当たりの人口に一対三以上の較差が生ずることが予想される。

また、配当基数が0.5未満の都市については強制合区をすることとしているが、このことは理想的な配当基数に対して、少なくとも二倍の較差を超えるまでは、合区を強制しないで任意とする、すなわち少なくとも二倍以内であれば、議会の裁量権の範囲内であるということが公選法の法意として窺うことができる。

5  投票価値の平等についての違法性の判断要素

(一) 議員一人当たりの人口と逆転現象との関係

定数配分の違法性の判断要素としては、公選法一五条八項の立法趣旨が投票価値の平等にあり、それを実現する手段として人口比例を最も重要、かつ、基本的な基準とする「配当基数に基づく定数配分」を規定していることから、議員一人当たり人口の最大較差が最も重要であり、逆転現象などの他の要素は付随的・補充的な判断要素であるにすぎないと解される。

けだし、逆転現象は、選挙区間の相対的な現象であって、現行定数が人口比定数よりも抑えられている選挙区の人口順位によって左右される(人口順位の高い選挙区においては逆転区となりうる対象区が多いのに対し、人口順位の低い選挙区では逆転区となりうる対象区が少ない。)し、逆転現象は各選挙区の人口の順位と定数の関係であるため、名古屋市のように選挙区間の人口が近接している場合には、人口順位が容易に移動し、逆転が生じやすいからである。顕著な逆転についても、急激な人口の移動により数選挙区を跨ぐような順位の移動がある場合に生じうるが、同様に言える。

(二) 有権者による「議員一人当たりの人口」の較差

公選法は定数配分の基礎を「人口」に置いているが、これには未成年者、外国人、登録されていない住民など、投票できない者が含まれている。しかし、違法性について議員一人当たりの人口の較差を検討する場合、投票価値の平等という面から、実際に投票する有権者数を検討することに相当の合理性があるというべきである。

有権者数を基礎として定数配分を試算してみると、名古屋市の場合、平成二年国勢調査時に近い同年九月二日現在の有権者数は別表五のとおりであり、別表六のとおり、最大較差は1.57倍となって縮小し、逆転現象は七通りとなって半減し、顕著な逆転現象はなくなるのである。

(三) 人口比定数による最大較差と現行定数による最大較差の状況

過去の県議定数不均衡訴訟において、人口比定数による最大較差より現行定数による最大較差が拡大していることを違法性の判断の要素とされた例があるが、そこで問題とされたのは都道府県議会の選挙区として公選法一五条三項による任意合区や同法二七一条により定められた特例選挙区であって、本来配当基数が一に満たない選挙区に配分することを前提とした修正された人口比定数であった。したがって、任意合区や特例選挙区の規定の適用がない指定都市の選挙については、たとえ人口比定数を拡大する形で定数配分がなされていても、その較差が相当な範囲内である限り、違法性の判断要素とはならない。

(四) 人口比定数と現行定数のかい離の評価

人口比定数では配当基数に達しない端数を切り上げ又は切り捨てて配分するため、現行定数との間でかい離があると評価されることがあるが、人口が近接した両区の間で人口比定数に差がある場合、実際の人口の差よりも人口比定数により擬制された人口の差が拡大されて見えるにすぎない。別表七にみるように、人口比定数で東区は三人、中区と熱田区は二人であり、中区と熱田区の現行定数は三人であるため、人口比定数とかい離があるとされるが、東区と中区の人口差は約三〇〇〇人にすぎない。したがって、人口比定数と現行定数が一致しないことを殊更に違法性の判断要素とすることには疑問がある。

(五) 議員の総定数と較差の関係

議員定数配分の合理性を判断するに当たっては、総定数を減員させることによる影響を含めて判断すべきである。

総定数を仮に法定数の上限である八八人とし、平成二年国勢調査人口に基づき人口比例による較差を算出した場合、別表八のとおり議員一人当たりの人口は二万四四八六人となり、各選挙区中、議員一人当たりの人口が最大の二万六九五五人(天白区)と最小の二万一九三一人(熱田区)との較差は1.22倍となる。このことは現行定数で総定数を七八人に抑えていることが右較差を1.43倍に拡大していることを意味する。

したがって、現行定数による較差を検討する場合、この法定数より減少させていることで最大較差が拡大したことを考慮すべきである。

なお、総定数を仮に五〇人とすれば、別表九のとおりで、最大較差は1.99倍となる。この較差は人口の最も少ない選挙区が一人区になることにより生ずる較差であるが、このように較差二倍程度までは人口比例により配分しても制度上生ずる較差である。

6  名古屋市議会における議員定数配分に関する条例の改正経緯等の概要

名古屋市の定数条例は、四度の改正を経て現在に至っており、それらの改正の概要は次のとおりである。

(一) 昭和四二年の定数条例制定

昭和三九年一二月一日の有松町及び大高町との合併により、昭和四〇年国勢調査人口は一九三万五四三〇人と増加し、これに基づく法定議員数は八四人となった。

昭和四二年三月、総定数を七六人に据え置き、これを人口に比例して各区に配分する内容の本件条例案が四会派共同の議員提出議案として議決され、公布された。

(二) 昭和五〇年の定数条例改正

昭和四五年国勢調査人口は二〇三万六〇五三人で、これに基づく法定議員数は八四人であった。この結果に基づき議会運営委員会理事会で協議がされ、議員定数は従来どおり七六人とし、名東区及び天白区の分区に伴い、各区議員配当数を人口比例により再配分する一部改正条例案が市長から提出され、昭和五〇年二月議決され、同年三月公布された。

(三) 昭和五四年の定数条例改正

昭和五〇年国勢調査人口は二〇七万九七四〇人で、これに基づく法定議員数は八四人であった。この結果に基づき、幹事長会で、更に引き続き議会運営委員会理事会で検討され、総定数七六人を人口比例配分すると、人口一七万九三一三人の中村区(配当基数6.5526)は定数七のままなのに、人口一七万九三一一人の南区(配当基数6.5525)は一人減で定数六となるため、総定数を一人増加の七七人とし、南区を定数七のままとする一部改正条例案が市長から提出され、昭和五四年三月に議決され、公布された。

(四) 昭和五八年の定数条例改正

昭和五五年国勢調査人口は二〇八万七九〇二人で、これに基づく法定議員数は八四人であった。この結果に基づき、団長・幹事長会議、議会運営委員会理事会での協議を経て、総定数を二人減の七五人とし、人口減少の著しい南区及び中村区を各一人減員し、人口増加区の定数増を見合わせることで多数会派の意見が一致し、市長から一部改正条例案が提出され、昭和五八年三月に議決され、分布された。

(五) 昭和六二年の一般選挙

昭和六〇年国勢調査人口は二一一万六三八一人で、これに基づく法定議員数は八八人であった。この結果に基づき、団長・幹事長会議、議会運営委員会理事会での協議を経て、総定数を七五人に据え置く、各選挙区の配当数は現行どおりとし、定数条例の改正はしないということで多数会派の意見が一致し、改正に至らなかった。

(六) 平成二年の定数条例改正

平成三年四月の名古屋市議会議員一般選挙に向けて、平成二年七月に開かれた団長・幹事長会議において、議員定数について検討、協議する場を設置することを決め、各会派の団長・幹事長及び市民クラブの代表者から成る名古屋市会議員定数問題協議会が設置された。

同協議会では、七回にわたり協議を重ねた外、他都市の調査も行い、同年一二月三日に、一票の較差を最大二倍以内とし、逆転現象を減少させるなどの観点から、名東区・緑区・天白区について各一名増員して、総定数を七八人とするとの意見を集約した(基礎となる人口数は、公選法施行令一四四条によれば平成二年国勢調査人口によるべきであったが、定数条例の検討期間や改正手続等を踏まえると、平成二年一二月二一日に公示された同年の国勢調査の速報値を用いることができず、平成二年九月一日現在の住民基本台帳人口を基礎として検討した。ただし、平成三年四月七日施行の選挙の「基礎条例人口」欄では昭和六〇年国勢調査とされている。)。なお、同協議会において、今回の改正では抜本的な是正にはならないので、平成七年の一般選挙をめどに、公選法一五条八項本文の適用を念頭に置き、平成三年秋に確定する国勢調査人口を踏まえ、議会内に検討機関を設置し、学識経験者等の意見をも聴取し、できるだけ速やかに議員定数の抜本的改正に努めるとの確認がなされ、意見書及び確認書が議長に提出された。

これにより、平成二年一二月一八日、市長から一部改正条例案が本会議に提出され、同日全会一致により議決され、同月二五日公布された。

この条例改正の結果、平成二年国勢調査人口で試算すると、改正前においては、逆転現象は一九通りで、そのうち定数三人の差のある逆転現象が三通り、定数二人の差のある逆転現象が八通り存在することになるものが、改正後においては、逆転現象は一四通りで、そのうち定数二人の差のある逆転現象が四通りあるものの、定数三人の差のある逆転現象は生じないこととなった。

(七) 平成三年一二月名古屋市会議員定数検討協議会の設置

平成二年の国勢調査人口の確定値が告示されたことに伴い、平成三年一二月、団長・幹事長会において、平成二年一二月に議長あてに提出した確認書の趣旨を受けて、議員定数について検討・協議する場として、議会運営委員会を構成する会派の団長・幹事長をメンバーとし、議会運営委員会を構成しない会派はオブザーバーとして出席する名古屋市会定数検討協議会が設置された。以後、同協議会は六回にわたって協議を重ねた結果、条例の改正を要しないとの結論に達し、平成七年四月二四日、同年一〇月に行われる国勢調査で人口に急激な変動があった場合及び区の再編が予想される場合には新たに検討協議会を設置することを内容とする報告書を議長に提出して、解散した。

(八) 以上の改正の概要をまとめると、別表一〇のとおりである。

7  名古屋市における「特別な事情」について

これまでの改正経過にみるとおり、名古屋市議会としては、国勢調査の結果が判明した場合、定数是正について検討を重ね、必要と認めた場合には改正をしてきた。

しかしながら、平成二年国勢調査人口が判明したにもかかわらず、名古屋市議会が定数条例の改正を見送り、本件選挙に至ったことが議会の合理的な裁量権の行使であるかが問題となるので、以下これについて述べる。

(一) 名古屋市各区の沿革

明治二二年一〇月、名古屋市に市制が施行され、戦後、昭和三〇年四月愛知郡猪高村を千種区、天白村を昭和区の区域に、同年一〇月西春日井郡楠村を北区、山田村を西区の区域に、海部郡富田町を中川区、南陽町を港区の区域に編入した。昭和三八年守山市及び愛知郡鳴海町を編入し、それぞれ守山区及び緑区とし、全市を一四区とした。昭和三九年、知多郡有松町及び大高町を緑区の区域に編入した。次いで、昭和五〇年、千種区及び昭和区の区域を変更し、新たに名東区及び天白区を設置し、全市を一六区とし、現在に至っている。

(二) 名古屋市のまちづくり

戦後、名古屋市のまちづくり(基盤整備)は、戦災により大きな被害を被った都心部(中区、熱田区、東区、西区の一部、北区の一部、中村区の一部)は復興土地区画整理事業により、昭和三〇年以降に合併された新市域である周辺部(守山区、名東区、天白区、緑区)は民間組合土地区画整理事業により、その間に挟まれた旧町並みが残る都心部周辺の市街地は地区総合整備事業により行われた。

そして、都心部は市及び中部圏の中心として発展し、各種都市型機能の集積と活発な人的活動を有することとなった。また、周辺部においては、良好な宅地が供給され、道路・公園・学校等の公共施設、地下鉄の誘致など住宅環境の整備が進み、都心部や市外からの人口の移動が顕著に見られる。

(三) 名古屋市における人口の動向と行政需要等

名古屋市の常住人口は、昭和四四年に二〇〇万人を突破した後、横ばいに転じたが、昭和五〇年代後半から再び増加傾向に転じている。

区別の人口については、都心部で減少傾向が止まり、微増ないし横ばいであるが、都心を取り巻く地域では、鎮静化しつつあるものの、減少傾向が続いており、周辺部においては増加傾向が続いている。

都心部は、市及び中部圏の中心であり、主要官庁・民間企業の本社機能が集中し、交通網が整備され、産業・経済・情報機能が高度に集積している。このため、別表一一のとおり、昼間人口は、常住人口に対し、中区で約五倍、東区で約1.8倍、中村区で約1.8倍、熱田区で約1.5倍である。この区域の市税負担は大きく、別表一二のとおり、中区と東区の税収を合わせると全市税の約三分の一を占めている。このような各種機能の高度集積と活発な人的活動は、都市的施設の集積をもたらし、同地域の行政需要も複雑多様、膨大なものとなっており、これに対応するため、別表一三のとおり、都心部の区役所職員数は、周辺部の区役所よりも多い割合で配置されている。

(四) 名古屋市における有権者数

平成二年九月二日現在の名古屋市の有権者数については前記のとおりであるが、右有権者数によって配当基数を算出し、人口比定数を求めると、別表六のとおりとなり、議員一人当たりの人口の較差は縮小し、現行定数との差も縮小する。

(五) 定数配分に対する議会の対応

以上の事情から、名古屋市議会の現行条例における各区に対する議員の定数配分は、議会自身の自己規制による総定数抑制の下で、人口の移動による常住人口と行政需要との不均衡や人口に占める有権者の割合という特別の事情により、実質的な地域間の均衡を考慮し、かつ、政治的安定性に配慮して、定めたと認められる。

8  本件選挙における議員一人当たりの人口の較差と逆転現象について

(一) 議員の総定数を法定数よりも減少させるかどうか、議員定数の配分に当たり人口比例の原則を修正するかどうかについては、議会にこれを決定する裁量権が原則として与えられていると解され、総定数を法定数より減少させていることを踏まえての定数配分の合理性を判断すべきものである。

(二) 現行条例による総定数は、全国の指定都市一二市のうち減員数が最も多いが、仮に総定数を法定数の上限である八八人として、平成二年国勢調査人口に基づき算出した配当基数に応じて配分した人口比定数は、別表一四の「人口比定数」欄に記載のとおりであり、人口比定数と現行条例による定数との差は同表の「比較」欄に記載のとおりである。

(三) 右の表からも、都心部に対する配分を重視し、周辺部への配分を抑えるという観点から定められたことが確認できる。

しかして、公選法一五条八項ただし書の定めるところにより、議員定数配分に当たり地域間の均衡を考慮し非人口的要素を勘案することができることから、逆転現象が生ずることは、公選法の予定するところといえる。そして、定数配分の違法性を判断するに当たっては、議員一人当たりの人口の最大較差が憲法及び公選法の許容する限度内にとどまっているかどうかによるべきであり、最大較差がこの範囲内にとどまる限り、逆転現象が生ずることがあっても、それをもって直ちに違法ということはできない。

(四) そして、名古屋市議会は、定数条例改正の要否を判断するに当たり、最大較差二倍以内であるかどうかを基準としたと思われるが、現行定数の平成二年国勢調査による議員一人当たりの人口の最大較差は1.73倍であるから、公選法の法意からして議会に与えられた裁量権の範囲内と考えられるのであり、名古屋市議会が現行条例を改正しなかったことは明らかに不合理であるとはいえず、違憲、違法とはいえない。

9  本件訴訟の不合理

原告らは、定数配分規定は不可分一体のものであり、その一部が違法であるときは定数配分規定全体を無効ならしめ、その規定に基づいて行われた選挙は無効であると主張していると解される。

しかし、たとえ定数配分規定自体が違法であるとしても、本来の人口比定数より少なく配分されている選挙区、つまり不利益に取り扱われている選挙区の選挙のみが無効とされるべきであり、人口比例により適切に配分された選挙区の選挙まで無効となるものではない。

10  以上のとおりであるから、本件選挙は有効である。

五  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張2は認める。

2  同3の(一)の第一段落は認める。第二、第三段落は争う。(二)は争う。

3  同4の(二)は認める。

4  同5の(一)は争う。逆転現象は、最大較差より以上に有権者に大きな不公平感を抱かせるものであるから、定数配分の違法性判断の要素として重視されるべきである。とりわけ、顕著な逆転現象は、定数是正をかなりの長期間怠らなければ生ずるものではないから、決定的に重要であり、公選法一五条八項ただし書の「おおむね人口を基準とし」という許容範囲を逸脱していることが明らかである。

(二)は争う。

(五)について。配当基数に対する人口比定数は、配当基数0.5以上1.5未満は人口比定数一、1.5以上2.5未満は二のようになるから、一人区がある場合には最大較差は三倍程度になりうるが、二人区以上であれば最大較差は1.6倍程度以内に収まり、三人区以上であれば1.4倍程度以内に収まることになる。実際に本件の場合も、人口比定数配分なら1.43倍にしかならない。このように、最小選挙区の定数が大きい場合ほど最大較差を小さくすることが可能になり、また、そうすべきことは当然である。

5  同6の(一)ないし(八)の事実は認める。

6  同7の(一)の事実は認める。(二)の事実は知らない。(三)の第一文から第四文までは認めるが、その余の事実は知らない。(五)は争う。

7  同8の(二)の事実は認めるが、(一)及び(三)は争う。

8  同9について。定数配分の適否は全選挙区について不可分一体とみるべきであって、過少配分の選挙区のみについて違法無効とすべきというのは独自の見解である。

もっとも、定数配分が違法である場合にも、人口比定数と等しい選挙区については、違法ではあるが、事情判決として、そうでない選挙区については違法、無効とすることは、考慮に値する。

第三  証拠

本件記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。(書証の成立は、原本の存在をも含めて、すべて争いがない。)

理由

第一  本案前の主張について

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

右の事実によれば、原告らが、本件選挙中天白区を除く他の一五選挙区における各選挙(各原告につき、各原告がその選挙人であるところの選挙区に関するもの)について、名古屋市選挙管理委員会に対し、本件現行定数配分規定の下で行われた本件選挙の無効を理由とする公選法二〇二条一項に基づく異議申出をし、同選挙管理委員会が平成七年五月一七日、これを却下する旨の決定をし、原告らが、被告に対し、公選法二〇二条二項に基づき右決定の取消しを求めて審査の申立てをし、被告が同年八月一〇日、これを棄却する旨の裁決をしたところ、原告らが裁決書の交付を受けてから三〇日以内の同年九月七日に本件訴訟を提起したことは記録上明らかであるから、本件訴訟は公選法二〇三条の訴えとして適法である。

二  本件訴訟について、被告はこれを不適法であると主張して、その却下を求めるけれども、都道府県議会議員の定数配分規定の違憲・違法を理由とする選挙の効力に関する訴訟が公選法二〇三条による訴訟として許されることは最高裁判所の判例(最一小判昭和五九年五月一七日民集三八巻七号七二一頁、最三小判昭和六二年二月一七日裁判集民事一五〇号一九九頁ほか)の示すところであり、指定都市議会議員の定数配分規定の違憲・違法を理由として指定都市議会議員選挙の効力を争う訴訟も公選法二〇三条による訴訟として同様に許されると解するので、右被告の主張は採用することができない。

第二  本件条例による定数配分規定の適法性について

一  指定都市議会議員選挙における選挙区、議員定数及び各選挙区の定数配分

名古屋市は地方自治法二五二条の一九第一項の指定都市(以下「指定都市」という。)であるから、名古屋市議会議員の定数は同法九一条一項の規定によって定められ(その定数は、乙一三号証によれば、昭和四〇年から平成二年までの五年ごとの国勢調査時の名古屋市の人口が別表一〇の「計」の欄に記載のとおりと認められるので、同表に記載のとおり、昭和五八年四月施行の一般選挙までは八四人であり、昭和六〇年の国勢調査以降は八八人である。)、この定数は条例でこれを減少することができる(同法九一条二項)ものの、議員定数を変更することができるのは一般選挙の場合に限られ(同条三項)、新たに指定都市の区域の設定又は廃止があった場合に限り、議員の任期中においても、これと関係がある選挙区について、その選挙区において選挙すべき議員の定数を変更することができる(公選法施行令七条、五条)にすぎない。

次に、指定都市の選挙区については、区の区域をもって選挙区とされ(公選法一五条五項ただし書。ただし、平成六年法律第二号による改正前のもの。以下において「公選法一五条」というときは、右改正前の規定を指す。)、都道府県の場合のような合区に関する規定はなく、特例選挙区を設けることも認められていない。

そして、各選挙区において選挙すべき議員の数は、人口に比例して、条例で定めるべきもの(公選法一五条七項(平成六年の改正後の現行規定では八項)本文)とされるが、特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができる(同項ただし書)。

なお、右人口比例原則にいう「人口」とは、官報で公示された最近の国勢調査又はこれに準ずる全国的な人口調査の結果による人口を指す(公選法施行令一四四条本文)が、官報公示の人口の調査期日以後において都道府県、都市又は市町村の境界に変更があった場合においては地方自治法施行令一七六条又は一七七条の規定によって都道府県知事が告示した人口による(公選法施行令一四四条ただし書)ことになる。

二  公選法一五条七項の趣旨及び投票評価の平等についての違法性の判断要素

1  公選法一五条七項ただし書は、昭和四四年の公選法改正の際に加えられたものであるが、その趣旨は、近年における激しい都市化現象によって各地において人口の著しい不均衡を生じ、都市部においても、都心では昼間人口は増加しているのに常住人口は減少し、周辺部においてはこれと逆の状況を呈するようになり、常住する住民の数とその地域の行政需要とが必ずしも対応しない事例が生じてきて、議員の定数を単に機械的に人口に比例して配分したのでは、かえって地域間の実質的な不均衡が増大し、広域的補完的見地からする地方公共団体の行政の円滑な推進を期することが困難となるおそれもあるため、単に人口のみを定数配分の基礎とすることなく、おおむね人口を基準としつつも、地域間の均衡を考慮してそれぞれの地域がその特殊性に応じた地域の代表を確保するような定数の配分をすることも可能にすることにある。

この規定により、地方公共団体の議会は、特別の事情があることを要件として、議員定数配分規定を定めるに当たり、人口比例により算出される数に地域間の均衡を考慮した修正を加えて選挙区別の定数を決定する裁量権を有することが明らかである。そして、どのような事情があるときに右の修正を加えるべきか、また、どの程度の修正を加えるべきかについて客観的な基準が存在するわけではないから、議員定数配分規定が公選法一五条七項の規定に適合するかどうかについては、地方公共団体の議会の具体的に定めるところがその裁量権の行使として是認されるかどうかによって決する外はない。

しかしながら、地方公共団体の議会の議員の選挙に関し、当該地方公共団体の住民が選挙権行使の資格において平等に取り扱われるべきであるにとどまらず、その選挙権の内容、すなわち投票価値においても平等に取り扱われるべきであることは、憲法の要求するところであると解される。そして、公選法一五条七項の規定は、憲法の右要請を受け、地方公共団体の議会の議員の定数配分につき、人口比例を最も重要かつ基本的な基準とし、各選挙人の投票価値が平等であるべきことを強く要求しているものと解される。したがって、議員定数配分規定の制定又はその改正により具体的に決定された定数配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存し、あるいは、その後の人口の変動により右不平等が生じ、それが地方公共団体の議会において地域間の均衡を図るため通常考慮しうる諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや地方公共団体の議会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由がない限り、このような議員定数配分規定は、公選法一五条七項に違反するものと判断せざるを得ない。

もっとも、制定又は改正の当時適法であった議員定数配分規定の下における選挙区間の議員一人当たりの人口の較差が、その後の人口の変動によって拡大し、公選法一五条七項の選挙権の平等の要求に反する程度に至った場合には、そのことによって直ちに当該議員定数配分規定が同項に違反するという結果をもたらすものと解すべきではなく、同項の規定により要求される定数の是正が、人口の変動の状態を考慮してもなお合理的期間内に行われなかったというときに初めて、当該議員定数配分規定が同項の規定に違反するものと断定すべきである(前掲最一小判昭和五九年五月一七日、最三小判昭和六二年二月一七日ほか)。

2  ところで、議員定数配分規定が投票価値の実質的平等を損なうものとして違法であるかを検討する場合、議員一人当たりの人口の最大較差、逆転現象、人口比定数と条例定数のかい離などが問題となる。

(一) 議員一人当たりの人口の最大較差は、投票価値の形式的不平等を明確に示す要素である。しかして、都道府県の選挙区においては、配当基数が一未満でも0.5以上であれば合区せずに独立の選挙区として置くこととする(その結果、定数一が配分される)一方で、配当基数が0.5未満の都市については強制合区をすることとしているから、公選法は、都道府県について、理想的な配当基数に対して二倍の較差を超えるまでは合区を強制しないで、議会の裁量に委ねているものといえる。

しかしながら、右のことから仮に公選法が都道府県の選挙区について議員一人当たりの人口の最大較差を二倍までは地方公共団体の議会の裁量の範囲内として許容しているといえるとしても、指定都市についてはこのような規定が定められていないし、都道府県のように、行政区域の範囲が広く、各地域ごとにその地理的条件、歴史的成り立ち、産業構造、人口密度、社会的条件などが異なる地方公共団体と比較すれば、その行政区域の範囲が狭く、その地理的条件や人口密度においても都道府県の場合ほど地域によって異なるものではないと考えられる指定都市については、許容される最大較差も都道府県の場合ほどのものとはならないものと考えられる。

殊に、前記最大較差は、いわゆる最大剰余方式においては、配当基数の端数が大きい順に切り上げられて定数が配分されるため、原告らの主張するとおり、最小定員区が一人区である場合よりも二人区の場合の方が縮小しやすく、最小定員区が三人区であれば更に縮小しやすいといえるところ、名古屋市においては、後に示すとおり、人口比定数によっても最小定員区は二人区となり、一人区が生ずる実情にはないのであるから、最大較差二倍までは公選法上許容されているとの被告の主張は採用することができない。なお、最大較差は、人口順位の低い区の配当基数の端数部分が0.5を下回る程度が強いほど、また、人口比定数と条例定数とのかい離が大きいほど、拡大しやすい傾向を示す。したがって、右の条件に該当する選挙区について前記特別の事情の存否が問題とされることになる。

(二) 原告らは、逆転現象は最大較差より以上に有権者に大きな不公平感を抱かせるものであるから、定数配分の違法要素として重視されるべきであると主張する。

確かに、人口比定数配分によれば逆転現象は生じないことになるし、投票価値の平等の面からは逆転現象が存在しないことが望ましいことはいうまでもないけれども、公選法一五条七項が人口比例原則に対する例外を許容している以上、議会が右ただし書を適用して定数配分をした場合には逆転現象が生じやすいし、殊に、人口順位の高い選挙区において条例定数が人口比定数を下回る場合には、比較対象区が多くなる結果、逆転関係が多く生じやすいという関係にあるし、逆転現象が存在するというだけで直ちに定数配分が違法となるわけではなく、問題は議会の裁量権の行使が地域間の実質的平等を図るものとして合理的といえるかどうかにかかるものといえる。

もっとも、顕著な逆転現象があってもなお違法でないというためには、それだけ強い合理的根拠が必要とされるものと解される。

(三) 人口比定数と条例定数のかい離は、逆転現象がある場合には必ず存在し、逆転現象がなくても存在しうるものであるが、指定都市のように都市化現象が激しい地域においては人口の変動に伴って生じやすいものであるとはいえ、人口比例原則からすれば、かい離ができるだけ少ないことが望ましく、定数に二人の差のあるかい離が違法でないというためには、顕著な逆転現象についてと同様に、強い合理的根拠が必要とされるものと解される。

三  名古屋市議会議員定数及び定数条例改正の経過

名古屋市における議会議員定数及び定数条例改正の経過は、事実欄第二の四の6のとおりであって、この事実は当事者間に争いがない。

このほか、乙三〇号証によれば、昭和四二年の定数条例改正に当たり、この条例案を審議した名古屋市議会においては、市政の実情、財政事情、市民世論の動向、他都市の実情等を理由として総定数を現状維持の七六人とする議案と法定数の八四人とする議案とがともに審議され、投票の結果前者が可決されて、定数条例制定に至ったことが認められる。

四  平成二年一二月の定数条例改正時の定数配分規定の適法性

1  昭和六〇年国勢調査の結果、名古屋市の各選挙区の人口が別表一に記載のとおりであったことは当事者間に争いがない。

また、公選法一五条七項本文の人口比例原則に基づく各選挙区への定数配分についてはいわゆる最大剰余方式が採られているところ、この方式により配分された総定数七八についての人口比定数は、昭和六〇年国勢調査人口を基礎とすれば別表一の「人口比定数」欄に記載のとおりであること、平成二年の定数条例改正後の各選挙区ごとの定数は別表二の「現行定数」欄及び別表一〇の「条例定数」欄に記載のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。

2  そして、乙一二号証の三、四、二三号証、二八号証、証人齋藤實の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

右改正に当たっては、平成二年の国勢調査人口がまだ公示されず(乙二三号証によれば、確定値が公示されたのは平成三年一〇月四日である。)、速報値も平成二年一二月二一日に公示されたにすぎなかったため、名古屋市会議員定数問題協議会においては、昭和六〇年国勢調査人口以降相当の人口変動が予想されたことから、平成二年九月一日現在の住民基本台帳人口を基礎として検討した。

右検討において、総定数七五人の当時の定数配分では、一票の較差が熱田区を一として名東区、天白区で二を超えており、逆転現象が一九通りで、そのうち定数に三人の差のある逆転現象が三通り、定数二人の差のある逆転現象が八通り存在したことと、次の一般選挙が平成三年四月に迫っていたことから、当面、一票の較差を二倍以内とし、三人逆転区を解消するという観点から改正案がまとめられたが、右協議会においては、この改正案のみでは抜本的な是正にはならないので、「平成七年の一般選挙を目途に、公選法一五条七項本文の適用を念頭に置き、平成三年秋に確定する国勢調査人口を踏まえ、議会内に検討機関を設置し、学識経験者の意見を聴取し、できるだけ速やかに議員定数の抜本的是正に努めることを確認する」との趣旨の「議員定数の抜本是正に関する確認書」が平成二年一二月三日付で協議会の名の下に作成され、市会議長に提出され、同協議会は解散した。

3  しかして、右改正の結果、昭和六〇年国勢調査人口に基づく議員一人当たりの人口の較差は、人口比定数で最大1.45倍(熱田区三万二五一〇人対中区二万二四二六人)、条例定数で最大1.64倍(名東区三万五五三六人対熱田区二万一六七三人)となり、逆転現象は別票一記載の五通りとなり、顕著な逆転現象は消滅することとなった。

なお、平成二年国勢調査人口で試算すると、別票七のとおり、較差は、人口比定数によれば、最大で1.43倍(中区対東区)、改正条例定数によれば1.73倍(名東区対中区、熱田区)、逆転現象は一四通り(そのうち、緑区と他の区との間で生じているもの五通り、名東区と他の区との間で生じているもの四通り)で、そのうち顕著な逆転現象が四通り(緑区と北区、名東区と中村区及び西区、守山区と西区)、人口比定数より条例定数が二人少ない選挙区が二(緑区、名東区)となる。

4  右によれば、平成二年一二月の定数条例改正は、昭和六〇年国勢調査人口に基づく外はなかったものであり、右人口に基づく改正条例による定数配分の結果は、最大較差が1.64倍で人口比定数の最大較差1.45倍を上回っているとはいえ、公選法一五条七項ただし書を適用して定数を配分した場合には、最大較差が同項本文に則り人口比例配分をした場合のそれを上回ることは生じうるところであって、右国勢調査人口による限り、顕著な逆転現象は消滅し、逆転現象も五通りに減少したのであるから、右条例改正当時において、右のような議員一人当たりの人口の較差が示す投票価値の不平等は、名古屋市議会において地域間の均衡を図るため通常考慮しうる諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達していたものとはいえず、同議会に与えられた裁量権の合理的な行使として是認することができ、したがって、右改正にかかる定数配分規定は公選法一五条七項に違反するものではなく、適法であったものというべきである。

五  本件選挙における定数配分規定の適法性

1  平成二年一〇月の国勢調査人口確定値が平成三年一〇月四日に官報で公示されたこと、右確定値が別表二及び一〇に示すとおりであること、右確定値によれば、最大較差は人口比定数の1.43倍に対し条例定数は1.73倍となり、一六選挙区中逆転現象が一四通り、そのうち顕著な逆転現象が四通り生ずることとなったことは前記のとおりである。

そこで、右の結果により定数条例を改正すべきものであったとすれば、改正のためには検討のための期間を含み約一年程度の期間を要するとしても、本件選挙に至るまでの間に改正のために必要な合理的な期間は十分あったものといえるから、本件選挙の施行前の右合理的期間内に名古屋市議会が右改正をしなかったことが公選法の許容する裁量権の合理的行使として是認できるか否かが問題となる。

そこで、この点について検討する。

2  甲八号証、乙一二号証の五、一六、一七、三二、三三、四一号証、証人渡邉昭及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 平成三年一〇月に平成二年の国勢調査人口が公示された後、同年一二月、名古屋市議会では、平成二年一二月の確認書が提示した問題を引き継ぎ、各党の団長・幹事長から成る名古屋市会議員定数検討協議会を設けて、議員定数問題を検討した。同協議会は、総定数を八八人として逆転現象を是正すべしなどの意見もあったが、各区の昼間人口と常住人口の対比、市の中心部では人口中の有権者の割合が多く、周辺部ではその割合が少ないことなども資料により検討し、平成二年国勢調査人口による較差が平成二年の協議会で検討した平成二年九月一日現在の住民基本台帳人口による較差と大差がなかったこと、平成二年に総定数を三人増加したことから議員定数を再度増加することについての市民感情を懸念したこと、中区については定数を減ずるべきではないとの意見があったことなどから、定数増加が市の厳しい財政事情に対する影響をも考慮して、最大較差1.73倍は是正を要するほどのものではないとの意見が多数であり、平成七年の国勢調査の結果急激な人口変動があったり、逆転現象が増加した場合には新たに検討協議会を設置すれば足りるとの意見を集約し、定数配分是正見送りの意見をまとめて、解散した。

(二) 名古屋市においては、中心部に都市的施設が集中して都市機能が高度に集積し、周辺部が住宅地区となっているので、中心部の中区、東区、中村区、熱田区において常住人口より昼間人口が相当に多く(その詳細は別表一一のとおり)、平成二年における右四区の昼間人口は約八一万人で、昼間人口の合計二五一万人の約三二パーセントを占め、昼間人口の絶対数においては中区及び中村区が顕著であり、平成五年度の市税収入に占める割合においては、中区、北区、中村区が上位にあって、その合計は四三パーセントを占めている。したがって、中心部の各区においては、人口は少ないものの、行政需要が少ないわけではなく、区役所の職員数を比較すると、別表一三のとおりであって、人口の少ない中区の職員数は人口の多い緑区、名東区及び天白区のそれを上回っている。

また、各区の有権者数は、平成二年九月二日現在で別表五のとおりであって、定数配分の基礎となる人口には選挙権のない未成年者、外国人、住民基本台帳に登録されていない住民も含まれるため、有権者数からみた最大較差は人口によるそれとは異なってくる。右有権者数によってみれば、別表六のとおり、最大較差は1.57倍(名東区対熱田区)で、逆転現象は七通りであるが、顕著な逆転現象はない。

(三) 名古屋市における各区の人口の変動の状態は別表一〇のとおりであるが、おおむね中心部では一貫して減少、周辺部では一貫して増加の傾向がみられるものの、分区による影響が大きい千種区及び昭和区は別としても、北区及び西区のように、一時期増加しながらその後減少に転じた区、東区のように増減が一定でない区もある。

そして、人口順位の変動は顕著であり、昭和六〇年の国勢調査人口(別表一及び一〇)と平成二年の国勢調査人口(別表二及び一〇)により各区の人口順位の変動をみると、人口急増区である緑区は五位から二位へ、名東区は八位から六位へ、港区は九位から七位へ、守山区は一〇位から九位へ、天白区は一二位から一一位へ、それぞれ順位を上げ、千種区は三位から五位へ、中村区は六位から八位へ、西区は七位から一〇位へ、瑞穂区は一一位から一二位へ、それぞれ順位を下げている。こうした人口順位の変動が人口順位の高い区で生ずると逆転現象に影響が出やすいことは前示のとおりである。

3  原告らは、本件選挙当時においては投票価値の不平等が平成二年国勢調査当時よりも一層増大し、最大較差は1.82倍、逆転現象は二〇通り、そのうち顕著な逆転現象は九通りに及んでいたと主張する。

しかしながら、条例の定数配分規定を改正するためには、改正の要否の検討を含めて、手続に少なくとも一年程度の期間を要するものとみなくてはならないから、投票価値を判断する基準時を本件選挙の時点に求めるのは相当ではない。

のみならず、公選法一五条七項にいう人口とは、原則として国勢調査人口をいうものであることは前示のとおりであって、条例を改正するに際して右人口によるほか最新の住民基本台帳上の人口を参酌して定数を配分したとしても、その結果次の国勢調査による人口との間に著しい相違を生じ、定数配分が不相当であったことにならない限りは、公選法の前記原則に直ちに反することにはならないものと解されるけれども、公選法は、市議会が国勢調査によらない人口動態を不断に把握して定数改定に備えることまでを予定しているものではないと解されるから、定数配分規定の公選法適合性を判断する上においては、直近の国勢調査人口に基づくことで足りるというべきである。

4 以上のとおり、2(一)の名古屋市会議員定数検討協議会は、最大較差1.73倍では未だ是正を要しないとの意見を集約し、この結果名古屋市議会は平成七年の国勢調査人口の結果を待つこととして定数条例の改正を見送り、平成二年国勢調査人口に基づく人口比定数による較差1.43倍とのかい離、逆転現象一四通り、そのうち顕著な逆転現象四通り、人口比定数と条例定数とに差のある選挙区が一六選挙区中一〇選挙区あり、右定数間に二人の差がある選挙区も二選挙区あることをそのままとして今日に至ったものであって、右のうち、顕著な逆転現象の数及び人口比定数と条例定数とのかい離(これらには緑区と名東区に対する定数配分が人口比定数より二人少ないことが主たる原因となっている。)は公選法の定める人口比例原則から相当に離れているといわなければならないが、市中心部の人口減少が著しいのとは逆に中心部の昼間人口は多大な増加を続けており、市中心部の行政需要の減少が著しいと認めるべき資料はないこと、右協議会において考慮の対象とされた常住人口と昼間人口との差及び常住人口と行政需要の不均衡について議員の定数を調整して実質的均衡を図ることは昭和四四年に公選法一五条七項を改正してただし書を設けた趣旨に沿うものであること、有権者数によって最大較差や逆転現象を検討すると、人口によるそれとは相当異なり、最大較差は1.57倍で逆転現象は七通り、顕著な逆転現象はないこと、人口順位の頻繁な変動が逆転現象に影響を及ぼしているとみられること、名古屋市においては、市の財政事情に対する考慮や議員増員に対する市民感情への配慮から、これまで議員定数を法定数より一〇人前後少ない七五人から七八人の範囲に抑えており、このことが逆転現象を生じさせる一因となっていることは否めないことなどの事情があるうえ、現行定数配分による最大較差は人口減少が著しく人口順位も最も低い市中心部の中区及び熱田区の配当基数が2.38と低いのに対して定数三を配分していることが大きく影響していること、前記投票価値の不平等現象の主たる部分が緑区と名東区において生じており、右両区における人口増加は別表一〇にみるとおり間断なく続いているのであるが(別表四にみるとおり緑区においてはその後の人口増加も著しい。)、平成三年の名古屋市会議員定数検討協議会も右の投票価値の不平等を放置しようとしているわけではなく、これら人口急増区と人口減少の市中心部との関係を検討したうえで、平成七年の国勢調査の結果をまって定数是正を検討すべきものとしていることを考慮した場合、本件選挙当時においては、右のような投票価値の不平等は、名古屋市議会において地域間の均衡を図るために通常考慮しうる諸般の要素を斟酌してもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達していたとまではいえないものと考えられ、同議会に与えられた裁量権の合理的な行使として是認することができる。

第三  結論

以上のとおりであるから、本件選挙の無効を求める原告らの請求はいずれも理由がない。

よって、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官稲守孝夫 裁判官小松峻 裁判官松永眞明)

別紙<省略>

別表二

名古屋市議会(定数78)

選挙区

国勢調査人口

配当基数⇒

人口比定数←---→現行定数

中川区

200111

7.2437

7

7

0

緑 区

178919

6.4765

7

5

+2

北 区

172559

6.2463

6

7

-1

南 区

159709

5.7812

6

6

0

千種区

156478

5.6642

6

6

0

名東区

152519

5.5209

6

4

+2

港 区

148185

5.3640

5

5

0

中村区

146379

5.2986

5

6

-1

守山区

144897

5.2450

5

4

+1

西 区

141384

5.1178

5

6

-1

天白区

134777

4.8787

5

4

+1

瑞穂区

111360

4.0310

4

5

-1

昭和区

106857

3.8680

4

4

0

東 区

69032

2.4988

3

3

0

中 区

65833

2.3830

2

3

-1

熱田区

65794

2.3816

2

3

-1

別表一、三ないし一四<省略>

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